「それ、僕が使ってたのに!」と息子。
「あっち行ってよ!」と娘。
「痛い!」と息子。
(「いや、ちょっと触れただけじゃん…」と思った私。)
朝からきょうだいゲンカが勃発。弟にきつい言葉を投げつけた娘に注意したら、「わかってるよ!」「もう遊ばない!」と逆ギレ。そんなとき、つい口から出ます。
「相手の気持ちを考えて!」
言った瞬間、説教くさい親になった気がして、あとで「あんな言い方しなきゃよかったな」とモヤモヤする。私もその常連です。
実はこの「相手の気持ちを考える」、小学校低学年の子にとっては、めちゃくちゃ難易度の高いミッションなんです。
「自分ファースト」の時期に、共感を求めるのは酷?
教育現場では「心の理論」という言葉があります。簡単に言うと、「自分と他人は、違う考えや気持ちを持っている」と理解する力のこと。大人には当たり前でも、低学年の子には、最新のスマホを使いこなすくらい高度なスキルだったりします。
「自分が悲しいから、相手も悲しいはず」
「自分が楽しいから、相手も楽しいに決まってる」
低学年は、世界を「自分主体」で見ている真っ最中。親が「相手の立場に立ってごらん」と言っても、頭では分かろうとしても、心が追いつかない。わざと意地悪してるわけじゃなく、まだ見えてないだけなんですよね。
期待値を、ちょっとだけ下げてみる
もうひとつ、16年の教育現場で感じてきたのは、「この年齢ならこれくらいできるはず」と期待しすぎると、親も子も苦しくなる、ということです。
大人だって、相手の気持ちを察して自分を律するのが難しい日はありますよね。疲れてたり、余裕がなかったり。
「今はまだ、自分と相手の気持ちの違いを練習してる時期なんだな」。そう思って期待値を少しだけ下げると、怒鳴りそうなときのブレーキが、ちょっと効きやすくなります。
大人が「心の通訳」になる
とはいえ、放っておくわけにもいかないのが親心。まだ未熟な今の時期は、大人が「心の通訳」になるのが近道だと思っています。
「相手の気持ちを考えて!」ではなく、「気持ち+理由」をセットで、丁寧に分けて伝えます。
事例① 弟にきつい言葉を言ったとき(相手の気持ちを通訳する)
× 「もっと優しく言いなさい!」
○ 「今、弟は一緒に遊びたくて声をかけたんだよ。でも、今の言葉で悲しい気持ちになっちゃったみたい」
事例② パパの仕事中に騒いだとき(私を主語にして伝える)
× 「静かにして!」
○ 「パパは今から仕事をするんだ。だから、横で大きな声を出されると困っちゃうんだ」
事例①は「相手はこう感じたみたい」、事例②は「私はこう思った」。この2つを繰り返すうちに、子どもの中に「自分がこうすると、相手はあんなふうに感じるんだ」という心のデータが、少しずつ溜まっていきます。すぐには見えなくても、積み上がっていきます。
まとめ|まだ見えない時期の、通訳係
低学年の子は、相手の気持ちが見えなくて当たり前。分からなくて当たり前です。
喧嘩が起きたら、「そうか、まだ見えない時期だもんね」と心の中でつぶやきます。私も毎回これで、怒鳴る寸前の自分を落ち着かせてます。
心の通訳、まとめると
- 「相手の気持ちを考えて」の代わりに、気持ち+理由をセットで伝える
- 「相手はこう感じたみたい」と通訳する
- 「パパはこう思った」と私を主語にして伝える
- 期待値は、ちょっとだけ下げておく
その積み重ねが、いつか数年後の「あ、今の自分の言動は、ちょっと悪かったな」という、子ども自身の気づきにつながっていくと信じています。「それ、僕が使ってたのに!」の裏にある気持ちを、今日もパパが通訳します。

